「デザインにおける私『わたくし』ということ」の言葉が菊竹清訓氏の講演会巻末に添えられた。「必ずしも『わたくし』は必要ないのではないか」と。独自性あふれる作品を世に送ってきた巨匠からそういう言葉が聞こえてくることを予想できなかった。私(わたくし)の感性を磨き、「自己表現」を目指していこうという学生が、もし、この部分を注意深く聴いていたならば、まるで出鼻をくじかれた思いであっただろう。また、このところの伊東豊雄氏(菊竹事務所の門下)からも、建築における共同作業云々の発言をよく耳にする。「自分一人でやっていると、どうしてもその限界にぶつかる。そこで、一緒に関わる人の力を借り、それを活かそうと工夫することによってよりよいものを目指すことができるようになる」といったような内容。両者の意見とも、個人の建築家として仕事を追求し続けてゆくその果てには、個人としての限界、そしてその個を超えたところの世界があることを指し示している。この話は方々へ拡がる。吉阪隆正は、不連続統一体の概念を打ち立て、個人が活かされながらも最終的には、それが全体において統一されていく=淘汰されていくようなデザインの方法論を模索していた。例えば多摩丘陵に拡がる八王子セミナーハウスの群体建築を巡ると、その建築群は四半世紀の時間をかけて設計チームが入れ替わりながら作られていったこともあり、それぞれはあたかも個人技的に自由に振る舞っている。だが、敷地全体のイメージとしては、そういう個性の粒が気にならない。まるで森が多種多様な樹種により構成されていながらも決して連続性を損なわないように、一粒一粒は場所にカムフラージュしているような印象を受ける。単体造形の独自性が、そのまま全体も独自なのだという理屈に納まらない好例だ。90年代後半には、評論家飯島洋一氏?五十嵐太郎氏の連鎖によって、スーパーフラットなる概念が提唱され、若手建築家達の傾向として、建築家=個人というイメージの崩壊があぶり出されたことは記憶に新しい。設計事務所は強い一人の統率者から複数が並列する組織へ、名称も自ずと個人名からグループ名へ、作るものも、主観性溢れるというより客観性のあるものへ。
個から社会へという論風はなにも建築家たちだけに吹き込んでいるようなものでもない。脳学者の茂木健一郎氏は、日本人が捉える創造行為というのは、個人の営みのものではなく、集団に帰属するものだと考えられてきたことを力説する。西欧における創造行為は才ある個人がなし得るものという前提があって、例えばノーベル賞という制度そのものがそれを証している。日本人はそういう考え方を維新以降、あくまで外来のモノとして受け入れてきたのであり、本来はその最大の立役者である一個人のみならず、その背景に関わった複数の人々によるものという協働感覚が強いというのである。創造にまつわる日本人の集団意識は、もちろん茂木氏が初めて言い当てたというものでもない。栗田勇氏(美術評論家)の自著「造化のこころ(1988)」では、源氏物語、松尾芭蕉、書院、数寄屋、禅、着物、民藝運動などの広範な日本文化を例に挙げながら、日本人の「創造」は個人性・主体性に力点が置かれることはなく、主体を個人どころか人間にも置かず、自然にコミットしながら、どちらかというと受動的な創造力ともいえる様であったことをたっぷりと記している。
とにかく、非作家性にまつわる思想史は、日本人にとっては掘れば出てくる風土そのもの(であった)といってもいい。関東大震災(1923)後に柳宗悦が中心になって行った民藝運動も範疇になる。個人の作為(つまり作家性)を創造の動力源とする製造物に対して、無名の工人による、いわゆる下手物(げてもの)に潜む自己愛のない素朴な探求心の尊さが、蕩々と語られた。栗田氏に曰く、こういう芸術論は日本独自の視点だという。またさらに時代は遡り、国学の祖本居宣長をも遡り、室町期。現代に伝わる日本文化というものの多くがこの時期に発祥していると言われる時代、能楽師世阿弥が書いた花鏡「批判之事」には、こういうことが書かれている。
「成功する能というのは、最高の名手が、多くの種類の能をすっかり究めたのち、謡や舞においても、演技においても、謡曲の筋においても、あまり観客をよろこばせるようなところのない能を演じ、寂び寂びとした味わいののちに、どことなく人の心を感動させるようなもので、これを『冷えた能』というのである。この芸の境地は、よほど目の利く人でも見抜けないものだ。まして田舎目利きなどは、とても思いも寄らぬものである。これは最高の名手だけが持つ天成の舞台表現というべきものである。これを『心で成功する能』ともいい、『無心の能』ともいい、『無文の能』ともいう。」
建築家菊竹清訓は、このことを私たちに伝えようとしていたのではないか、と勝手に読み込む。「か・かた」という過程を経て「かたち」が出来る。「かたち」は完成すればするほどまた、新たな次元の「か」に立ち戻る。まずは、『わたくし』は磨かれなければならない。しかし、そのことは最終目的でも、ゴールでもなく、磨かれた『わたくし』はむしろ捨てられるためにある。その工程から、より高次の表現が生まれる。代謝すべきは建築のみならず人間であるとでもいうように。
2009. 8. 9