たとえばアリータイムズやハーパーなどのバーボンウィスキーに対して、イングランドのシングルモルトはより地方色豊かである。蒸留所というより蒸留所の背景である場所が味を決める。ハイランド、ロウランド、スペイサイド、アイラ、キャンベルタウン、といういわば香りの地方巡りが、バーという小さなの空間の中で、しかも一晩の内に楽しめるのである。
その中でもアイラ島のモノは、スモーキーな香りで独自のもの、愛好者も多い。液体バージョンの葉巻タバコといったところか。自分が初めて口にしたのは、アードベック。入江という意味の銘柄が示すとおり、「潮の香り」と賞される風味。その他にもボウモアとか、ラフロイグなどの銘柄がこの地に9つある。この独自のピート(泥炭)臭?がやみつきになる人もいれば、ヨードチンキ、とか正露丸ではないかなどと、罵詈雑言を発しながら嫌う人も多い。
勝手知ったるハズのその香りが、そのバーで味わったものは、同じアードベックながら、全く違った。熟成年が違うとか特別なカスク(樽)であるなどではない。合成酒ではなく、100%原酒製法の時代のものだからだという。「合成酒」とはなにごとか。日本酒には醸造用アルコールに清酒の香りを付けたものが公然とある。料理用酒などはまずそうだし、そうでなくとも、「純米」を唱っていない本醸造や吟醸はすべて、醸造用アルコール(エタノール)が含まれている。(合成酒とはいわないにしても)日本酒は、ある意味、両者が明確にされ、併存している。だが、今日のウィスキーは全て合成酒だというその老バーテンダーの言には正直驚いた。合成酒でないというその時にたしなんだボトルはもちろんラベルからして現行品とは違ったし、あの強烈なはずのアイラ流ピート臭、あの不自然とも取れる香りのオリジナルは、実に自然な風味であった。これならヨードチンキなどとは言われないだろう。そして、「潮の香り」という比喩がうまれたのにも納得がいく。アイラ島という小さな島の入江の風景もぐんと臨場感をもってくる。
だが、こんなものは今はもう作っていない。従って世界中に散らばる在庫のみ。それらを一本数十万も費やしながら、その老バーテンダーは手に入れる、まるで必ず上がる株を買い集めるように。でもおそらく奥さんからはナニヤッテンダー、の扱いを受けている。つまりは、私たちが日常口にできるような代物でなない。こういう作り話的なモノづくり、作り話化したモノの類、口にする産物については、個人的には知っているつもりであってもこのように無防備であった。そして建築の材料のことを想像するなら、それもそうかも、と妙に合点がいく。私たちの日常をとりまくすべてに渡っている、ということが解る。モノから真の豊かさを得る、の深奥は幕内にてということか。
2009. 3. 29