同世代の現役パイロットと雨の日の屋台で杯を傾けた。話は、一方的に飛行機の話へ。福岡~宮崎間などの地方都市を結ぶローカル線に就いているという。自宅は関東だが、羽田発でない時は、出発地までまずは客として運ばれてからの勤務となる。現場通いで2年前に対馬を往復しているときに、それまでの飛行移動歴最大の恐怖体験をにわかに思い出した。ローカル線勤務に肩を持つつもりはなかったが、より小さい飛行機と小さな空港の方が、ジャンボとメージャー空港の組み合わせより、よほど操縦は難しいのではないかと疑問をぶつけた。案の定、二つ返事で図星の意見。対馬は基本的に山の頂上がかろうじて海面より顔を覗かせたような複雑な地勢、空港は自ずと断崖に削り込まれた僅かな直線にすぎない。パイロット曰く、「空母に着艦するような感覚」を伴う。福岡~対馬間はよく強風の理由で欠航されたが、その日は不幸にも決行された。島に近づくにつれて、小型ジェット飛行機は前後にではなく左右に揺れ始めた。あの断崖が見えてくると、恐怖感が倍増した。車輪が着地する寸前まで、機体は小刻みに風にあおられ続け、素人目には寸でのところで大事には至らなかった、というような着艦であった。心身の疲弊は今でも覚えている。ドル箱といわれる福岡~羽田を往復しても、あのようなことは二度と巡り会わない。羽田空港は平たい海に突き出しているし、福岡だって山に囲まれるなどの悪条件の空港ではない。設備としても自動誘導装置が設置されているから、風の条件が悪くなければ、操縦桿から手を離していても、着陸できる空港である。同じ風であっても、737の小型と747ジャンボでは、当たり前の話、揺れの体感は異なる。「小さいモノを転がす方が技術を要する」という積年(たった2年であるが)の疑問は、そのパイロットの証言により、まず一つは証されたように思えた。
予てより建築も、ある意味大きいモノより小さいモノの方が難しいと思っていた。大きな建築は、大手ゼネコンといわなくとも、請けた地方工務店が普通にきちんとしていれば、やはり規模に即した体勢を整える。現場小屋が設置され、現場監督は専任、他に手下を抱えることもあり、議事録が完備される。施工図が描かれる。等。そして新卒の素人設計士が、その大きな建築の現場小屋にたたき込まれるという教育セオリーが生まれる。住宅などの現場では、数億規模の建築と同じ体勢を組むのは経費上不可能であるから、それらの温床のようなものは基本的に見あたらない。言い換えれば設計者の力量そのままがモノに反映される。モノは小さいけれども、設計者が守るべき問題解決の守備範囲はずいぶんと広くなる。住宅の現場、もしくは中小店舗などの現場は、逆に言えばローカル線の小型飛行機でたたき上げられた、もしくは風にあおられ続けるパイロットのように、より身体で建築を覚えることができる場なのだということになる。
2008. 12. 14