竣工間近の住宅?の木製建具の「引き手」に予算が入っていなくて、間に合わせのものが現場で付いていた。これはまずいと思い、ふと考えた。事務所のガレージに転がっている、ステンレスパイプφ30。どこかで何かに使われていたものだろうが、少し曲がっていて、廃棄されようとしていた。これに熱を加えて端部でビスを揉めるようにしたら手すりになることは、鉄工場でこれまでお願いしてきたので、すぐにイメージできた。
事務所の工場(自称ガレージ)で同様のことがなんとかできるのではないかと気づき、春うららの土曜日昼下がりにガレージに立った。最初は火起こし用のガスバーナーで加熱しはじめる。ふと脇を見ると、スパイラルダクト製のロケットストーブが、ここで熱したらと口を開けている。早速火をおこし、パイプを突っ込む。真っ昼間から大人の火遊び(ちょっと違う)ならぬ、ステンとの真剣勝負。間もなく取り出し、普通の金槌で叩くと、思っていたカタチになる。火入れしたステンは、焼けた鉄黒になり、鏡面部分とのグラデーションが、生々しい。思いの他簡単に「引き手」が出来る。
そしてまた、気づく。もはや使わないワードローブハンガー(空間状になったパイプハンガーにカバーがあるやつ)の鉄パイプがガレージ土間に数十本、ガムテープに巻かれてこれもまた廃棄を待っていた。もったいないが再びこれを使う手立てが思いつかずにいた。この瞬間に、これも「引き手」に焼き入れなおせる、と考えた。
こちらは小さくて早い。端部のみならず、全長に渡り火をいれて、黒の焼き付け塗装を剥がすと、なんともいえない鉄のマットな質感の「引き手」に生まれ変わった。
大工と左官のなにがしかは、製作事例を重ねてきたが、鍛冶屋は始めてだった。売り物になるにはもうちょっとだが、何事も商品ラインナップから選ぶのではなく、自分達で作っていこうという依頼者の感覚を触発することはできそうだ。僅かな技術と、それをドライブさせるアイデアがあれば、捨てるしかないモノが思いがけないものに生まれ変わると、改めて学んだ。