湖水地方(Lake District)は、その名のとおり16の大きな湖と無数の小さな湖が連なる国定公園で、イングランドで最も美しいとされています。詩人ワーズワースが自然の素晴らしさを謳ったのも、ベアトリクス・ポターが「ピーター・ラビット」の絵本などを生んだのもこの湖水地方だそうです。行ったことのない場所を語るのは、なかなか気持ちを込めにくいものですが、長崎ハウステンボスの「ガーデニングワークショップ2011」にて、一つの作品が印象に残り、これを書いています。私が見ることができた10作品の中で、一つだけ、作家個人のオリジナルではなく、歴史の模倣に委ねた作品がありました。ジョナサンデンビーの「Mr.マグレガーの庭」。作者自身の出身地である湖水地方でよく見ることができるカンブリアスタイルの山小屋と、手前に拡がるエディブルガーデン(菜園)。山小屋は、粘土壁に上からペンキで着色するイメージ(作品ではセメント)でしょうか、屋根は青々とした芝屋根。その小さな前庭にキャベツやニンジンやレタスなどの野菜が整然と並んでいます。デンビー氏の作品コンセプトは一言で、「スローライフ」。一目瞭然、実に解りやすい一方、ありきたりといってしまえばそれまでです。他の受賞作品は、祈りや希望、生きる力、未来といった、表徴、抽象の意の庭が多かったのに対して、デンバー氏の庭は、そのものズバリ、エコロジカルな生活とはもともとこんな風にやっていました、という極めて具体的、世俗的なイメージをさらけ出していました。そもそもピーターラビットを描いたベアトリクス・ポターも、これは将来価値を帯びるぞ、と当時の湖水地方のありきたりな風景を絵本に記録する意味を持っていたのかもしれません。古き良き庶民的風景をフィクションの背景として保存しておく、というこのあたり、山田洋次監督の「寅さん」と同じでしょうか。
食の安全性や、癒しの時間の必要性などに始まり、必ず起こるとされる食糧難のことなども考えると、私は個人的にこのなんだか、なんのオリジナリティーをも発露していないデンビー氏の作品に一票、という風に思ってしまいました。、世の中に10有るなら、夢や希望を表現した力作は1つか2つがあれば、数的には事足りるのではと思います。残りの8つは、生活の必然性から自然に生まれたものであり、節度が醸し出す相応の美が主題になるだろうと思います。言い換えれば、この相応の美の世界が、世の中に基礎的な均衡の部分であろうと。水と緑の家ももちろん、後者の世界での生活の器として意味を持つべきだというふうに、改めて思いました。
2011. 11. 1