私は職業柄、季節にかかわらず、一日のうちに室内と外を交互に出入りする環境で日々を過ごしています。室内は、世間一般の事務所環境、室外といえば概ね建築現場、屋根のない場合もあれば、屋根の上もあれば、エアコン不在の室内~蒸し風呂状態(夏の場合)もあります。真夏に現場があれば、その温度差環境を往復することによっていわゆる冷房病のような状態になってしまいます。あるいは、室内に缶詰の状態であっても、8月の下旬あたりから、夏バテの定型を発症してしまいます。このような環境差に無神経に従っていると、体が必ずおかしくなっていくので、私の事務所は可能な限り、冷房はつけません。事務所から現場の間の車中も、可能な限りつけません。どうしてもたまらない場合、例えば外気が35度などという時は、車内温度設定を30~31度ぐらいにします。外気温が35度にもなれば、控えめといわれる28度という設定であっても、キンキンに冷えた感じがします。私は外気温に比例させて、フレキシブルに調節しています。
夏は汗を流すことを厭わない、そう心がけることによって、体が夏型になる感じがします。結果、エアコンをつけたいという時間が明らかに短くなります。もちろん、同室している人がそういう身体になっていない場合は、エアコンのリモコン争いがおこります。大勢の事務所では、寒い人が服を重ねればいいという主従ができます。
人間は自らの行動世界の全てを空調できないのであれば、空調できる環境を、空調出来ない環境に近づけるという姿勢の方が、自然な健康を得られるように思います。(冬も同じでしょうか?暖房病?)冷房病は、おそらく冷房漬けが発端となり発症する体の不調の総称のようですが、私たちが自然に抗して作り上げた理想環境が、不健康を導いているというのであれば、結果論的には、風通し派の意味が、科学的というより実証的な根拠を得られるように思うのですが、いかがでしょうか。