2023. 5. 20 permalink
竣工から2年半が経過して、上からの俯瞰を見比べてみた。(竣工時 2020/12/25撮影)まずは、中庭の地面に、ダイカンドラガが、生え広がり、緑が増えた。そして、木部の退色が進んだ。ウッドロング塗りたての杉材より、退色が進んだ杉の方が、見栄えがいい。このあとがさらにどのように変化していくか、楽しみ。
1.カタチのはなし 「ステアハウス」
一般的な設計方針で答えるなら、ここには、7~8階建ての縦長のマンションが2棟、一つの階の住戸の組み合わせが上に積み上がり、いわゆる基準階型の平面図=ハーモニカ型集合住宅ができあがっていたはずです。
でも、高さの高い建物は後にも先にも沢山できるから、ここには、同じ住居面積でありながらも、なるべく高さの低い集合住宅を建てよう、となりました。つまりは、いかに水平方向に拡がっていくかの命題。敷地は、4m未満の前面道路(二項道路)×条例の都合により、それぞれ1000㎡以下の2つに分割するのが最良となり、結果、自ずから二棟に分かれて、その間に中庭ができます。そこに光を取り込もうと、南側が空に開く段丘状のカタチになります。そこを皆が登っていけるように階段が掛けられると、この段丘状のカタチと階段の相似的構成からステア(=階段)ハウスという名前になりました。
賃貸の住戸は全部で38戸。敷地のカタチや、駐車場付置義務の類いの条例等の規制が遠因して、細かな違いを含めると30戸は、それぞれ何か異なっています。敷地のカタチや法律の複雑な絡みを解く上で、同じ住戸を作ろうという意思がなければ、自然に、同形の繰り返しではない住戸区画が並びます。また、設計の過程においては、沢山の「間取り」がエスキース(下絵、習作)されますが、これらを一つに絞ろうとする目的がなければ、仮に同一の住戸区画であっても、自然に、違う「間取り」が出来てしまいます。入居者が誰なのか、判らないのであれば、提供される住戸も定められない、というのが、作りやすさ等を度外視した場合の、賃貸住宅設計に潜む、本来的な不確定性ではないかと思います。
一人の入居希望者にとっては、結果的には一つの住戸しか住むことができません。ならば、住戸は皆同じでいいか?という命題がそこに生まれます。隣の家は自分とは同じではない、ということの想像の余地は、集まって住まうことの共有感と並行して、自然に形成された町の一画で暮らす時のような、個別性、唯一性の類いを与えているように思います。「効率」は「差異」を嫌うので、とかく、世間からは消えていく方向ですが、大小問わず何かの違いによる、この個別性、唯一性の類いから生まれる安堵が、思いの他、私達の個々の生活を支えているのではないかと考えています。
2.素材のはなし 「漆喰と木」
面積や、間取り、その他が異なっていても、この集合住宅は、漆喰と木という素材感は通底しています。漆喰壁は、20世紀後半、日本から急速に消えかかった伝統的な仕上げ工法ですが、自然な吸放湿+消臭性能があることが見直され、独特の味わい、素材感を含めて、現代の建築空間の仕様として復刻しつつあります。※とはいえ賃貸でこれを標準仕様とすることは、未だ異例です。不特定多数の人の住まいにこそ理想を実現すべきの姿勢で、コスト、メンテの問題に挑み続けて参りました。⇒「漆喰と木の室」は、2001年に、空家になる中古賃貸住宅の逆転救済方法=リノベーション手法として、実験運用を開始し、今日までの実践に至ります。この度新築を支援することに躊躇がありましたが、考えてみれば、全ての新築は、古くなっていきます。結局そこに垣根は設けられない、時間の経過に消費されない素材の普遍性を再認し、ここに適用しています。
※公共建築工事標準仕様書1948年版の左官工事に「漆喰塗り」が初出。その後高度成長期の最中1965年に、抹消。そして2019年版に復活。
また、今日の賃貸住宅では、無垢の木材※①を用いることも少なくなってきたと思いますが、その清々しい素材感を大事にして、国産杉材を枠材、障子戸、家具などの室内の随所に用いています。 さらに、外観を取り囲むように杉の手すりが、林立しています。硬いコンクリートの構造物に、柔らかな自然木の組み合わせです。日本人は、根深いところで木が好きな民族だと思う(皆がそう信じている)一方で、日本の林業は、いよいよ大変な危機的状況となっています。※② その木の文化が未来に受け継がれるように、日本の山の営み=林業(川上)が持続できるようにという願いが、この川下(建築現場、または建築)に漂着しています。
※①合板や集成材ではなく、使用する形状で丸太から切り出した木材
※② 絶望の林業 田中淳夫(著)2019新泉社
3.性能のはなし 「外断熱」
通常の集合住宅は、内断熱です。コンクリートの床壁天井の室内側に断熱材があり、外側のコンクリートは、外気の気温と輻射熱(日射、放射冷却)による熱や冷熱を大きく蓄熱します。
3-2.stairhouse は、全戸、外断熱です。構造体であるコンクリートの熱容量(=輻射熱)を最大に活用して、人間の体感温度※③に関わる快適性が得られる仕様です。元々内断熱のマンションを外断熱に改修し、その前後の比較結果が得られた事例があります。改修前、就寝前に20℃の室温が、朝16℃まで下がっていたものが、改修後は18℃に留まるようになり、冬の光熱費が30%減になるといった事例報告でした。(北海道の)夏についても、同様の原理が働き、エアコンを付けっぱなしにしなくても寝られる環境に近づきます。(個人差、部屋の条件差はあるかと思いますが。)温暖地では、冬の暖房より夏に冷房をつけずに寝られるかどうかが、睡眠の質に関わってくるかと思います。
3-3.RCマンション=結露。少なからずの方が経験されているかと思います。RC躯体=蓄熱体が冬風に晒されキンキンに冷やされて、その室内側で結露、という構造が、原理的に外断熱にはありません。さらには、ステアハウスの室内には、無垢の木材や、漆喰といった、吸放湿性能のある自然素材を多用していて、それらがささやかに調湿を行います。漆喰と木の室の実績上含めて、まず、結露は発生しないと思います。(加湿器などを多用される住まわれ方などとも関わりますので、絶対とは言い切れません。)
※③人間の身体が実際に感じる温度は、室温(対流熱)のみならず、壁面の温度(輻射熱)に左右されます。
体感温度=(室温+壁面温度)/2
例えば、室温=20℃ 壁面温度=15℃ の場合、 (20+15)/2=17.5℃ =体感温度
外断熱にすると、この壁面温度が、室温に近づくので、体感温度が快適な方に近づく。
一方で、外断熱には、以下の2点の注意が必要です。
1.夏に日光を入れると、蓄熱されて、逆効果になる。
さらに逆に言えば、冬の晴れた日中に、太陽光を室内に取り入れると、暖房を用いず、熱を蓄えることができる。
⇒お部屋の方角と太陽角度を考え合わせ、カーテン等の開閉(住まい方)の工夫で、自然エネルギーをうまく利用してください。
2.外断熱の冷暖房のエネルギー消費量は、内断熱と同じ感覚で生活をすると、年間で2%〜5%ほど、割高になります。理由は、蓄熱体を室内側に持っているからです。これらを冷やしたり温めたりするのに、部屋の大きさ以上のエネルギーが必要になります。(大きなヤカンでお湯を湧かすには時間とエネルギーがかかりますが、その分冷めにくい、という原理と同じ)
⇒なので、太陽光や外気を都度に取り入れたり遮断したりしながら、自然の熱や冷熱を蓄熱し、表面温度の輻射熱をうまく利用することによって体感温度的に快適な室内となるのが、ゴールです。上手に用いることができた結果、エネルギー消費量が少なくなれるのかもしれません。(光熱費が安くなった、という記事はたくさんあるのですが)