菓子職人の丘 DETENTE

人口の丘をつくり、そこに建築を載せ、万が一の浸水を免れる。

菓子職人の丘 DETENTE

カテゴリ
新築 商業施設
敷地
佐賀県武雄市朝日町大字甘久(公式ホームページへのリンクは最下段に)
用途
店舗(洋菓子店)
延床面積
298.11m2
構造形式
木造
設計期間
2021/12〜2022/12
工期
2023/1月〜10月
施工
ホームテラス 代表 稲富太郎
監修
梅木誠太郎商会
共同設計者
田中設計 田中隆志
掲載雑誌
tecture MAG
https://mag.tecture.jp/project/20241106-detente/
菓子職人の丘 DETENTE
工場イメージの鋸屋根×土壁×蔵の妻庇の形状

水没した旧店舗は、築数十年の木造土壁瓦葺きの在来工法の民家だったが、今回は、厳密には異なる敷地での新築となる。となれば、工法もスタイル(様式)も一旦は自由ではある。施主との対話の中から、古民家で営業をつづけてきた、ということとの時間軸的な一貫性があった方がいいだろう、という考えが導き出された。

新しく作るが、どこか古いもの。その「どこか古いもの」をどのように表現するか、の選択や微妙なサジ加減が、設計の軸足となる。まずは、「ノコギリ屋根」。人口照明が高価であった時代の名残であり、過去の産物である。である。そのカタチを、率直に用いる。そこに、土蔵一般の軒先〜妻部のカタチを引用+加算する。当然ながら、壁は、地元の土を塗る。(竹木舞下地ではなく、ラスモルタル下地)

そして、土庇には、施主さんの縁あるところから譲り受けた古瓦を載せる。土屋根用にしかなっていないから、石材用のドリルで穴を開けて、桟瓦として固定する。野地板を省略して、軒裏は瓦の裏が直に見える工法とした。

木や土や漆喰、瓦、藁といった在来的素材や工法をコラージュしながら、真鍮やアルミなどの非鉄金属含む鉄部を挿入する。やわらかい素材が洋菓子という口に含んで溶けていく感覚を呼び覚ますようでありたい。またアイアンワークなどの硬い素材は、やはり単純に西欧的な造作物のイメージとして、それらが洋菓子店の雰囲気を加えるのではないか。共通するのは、(アルミ以外)全て、朽ちていくものである。朽ちていく、のは多くは、受け入れられないものであるかもしれないが、一方でそれは当然の摂理として、むしろ、そうならない方が不自然なもの、という受容的な態度が、これらの決定プロセスの深いところにあったように思う。無常感に基づいている、とまでは言わないが、日本の風土の上に育つ洋菓子店というふうに言えそうである。

菓子職人の丘 DETENTE
外壁は、地元武雄の土を土壁に。左側は、車椅子用の昇降機。
菓子職人の丘 DETENTE
古瓦を用いた土庇+犬小屋
菓子職人の丘 DETENTE
木製建具や嵌め殺しガラスの押さえ縁に真鍮材を用いている。柔らかい杉の木に固く黄色く鈍く光る真鍮の対比。
菓子職人の丘 DETENTE
片持ちの庇の意匠的な補強アングル
菓子職人の丘 DETENTE
突き当たりの壁は、佐賀のガタ土とセメントの、ケーキ型レンガ。それとショーケース冷蔵庫の幕板は、地元で採れた小石の磨き出し。共に左官は山口亮氏
菓子職人の丘 DETENTE
薄い黄色の漆喰壁〜天井には、地元の小麦の麦わらが散りばめられている。(実際に行かないとわからない)
菓子職人の丘 DETENTE
片持ちの庇は、古瓦を用いた。丘の上に置かれた植木は、こだわりの庭師さんから植え込まれるのを待っている。
菓子職人の丘 DETENTE
山田脩二さんの敷瓦によるカウンター。骨組みはバンセットの山本氏。他のアイアンワークも。
菓子職人の丘 DETENTE
菓子職人の丘 DETENTE
瓦とステンレスのカフェカウンター。照明は、水平にテンションを張ったロッドに引っ掛けて、天井をフリーにする。
菓子職人の丘 DETENTE
トイレ入り口は漆喰の引き戸。アルミチャンネル材の引き手。
菓子職人の丘 DETENTE
お店全体の壁から天井は、麦わらにより薄色の漆喰だが、トイレに入ると白。
菓子職人の丘 DETENTE
厨房内の作業風景1 240824
菓子職人の丘 DETENTE
厨房内の作業風景2 240824
菓子職人の丘 DETENTE
厨房内の作業風景3 240824

2008年、この地に生まれ育ったオーナーパティシエは、ここに小さな木造の小屋を用いて、DETENTE=フランス語で「くつろぎ」という意味の洋菓子屋さんをオープンした。しかし、2019/9/6に続き、2021/8/14と二度の六角川の氾濫により、店は、二度、水没した。川の治水が根本的に難しいということから、お店を高台に移す検討をするも、パティシエはやはり、同じ場所での営業を選んだ。

浸水を免れるとされる高さはGLから2m。そこまでをどのように嵩上げするか、いくつかの方法を検討した上で、自然の土によって人工的な丘をつくり、そこに建物が載っている、という風景を作ることになった。

これまでのお店には「菓子職人の小屋」という接頭語がついていた。建物と人間の営みとが一体となったようなイメージが沸々とする響きだ。建物の面積は2倍以上になる。「小屋」と言い続けるには少々大きくなる。新しい建物には、その屋根の下で何かを作っている、というイメージのノコギリ屋根(木造工場の形)を採用した。この屋根が生まれた原理は、大空間に一定間隔で北側から安定した自然光を取れることのできる形であるから、同様に、各室もれなく、片流れの頂部から自然光を採り入れることにした。

さらには、その勾配屋根の連続を活用して、太陽光パネルを設置している。作って売っている、空間は、日中、コンスタントに電力を用いるから、可能な限りそれは、屋根の形状から生み出そうということになる。

三棟連結のノコギリ屋根の木造が、人工の丘の上に建っている。お店の名前は、「菓子職人の丘」となり、場が一周り大きくなった。ただ単に、水害に備えるだけの店舗の新調を超えた、再々スタートである。

そののち

そのまえ