床は、コンクリートの磨き仕上げなのに対し、階段室の踏面と外部の土間は、コンクリートの叩き仕上げを採用した。磨き仕上げは、水に濡れたとしてもそれなりのグリップ力があるため、ほとんど滑る心配はないが、階段はより安全な方が良いだろうという判断である。 叩き仕上げといっても一般的なものとは異なり、一回磨いて骨材を現しにした後、その骨材を狙って叩いていくことで、モルタルを叩くだけのものに比べて、より耐久性の高い仕上がりとなる。
グリップ力や、磨き仕上げとの意匠的な連続性の兼ね合いを決めるため、何度か現場でサンプルを作って頂き、検討を重ねた。偶然にも前面道路の仕上がりと連続する形となり、正しい選択であったことを確信する。
米満光平
飾り棚の背面は、本館のエレベーターホールと同じく「トキ色漆喰仕上げ」。本館の左官職人の方に応援に来て頂いた。
ベン柄と粘土質の土の発色により、赤みのあるピンク色をした壁面が仕上がる予定。(画像は養生中の風景。)
塗りたては均一に見えても、土の配合の不均一さにより、自然なムラができ、また表面に微細なヒビが入るのが、特徴的である。
いよいよ大詰めを迎え、大混雑の現場の中、慌ただしく通り過ぎる職人たちが束の間見とれている風景が印象的であった。
米満光平
彫刻家の中西さんに制作して頂いた、銅製の中空床柱。
漆喰壁の角かけ防止に役立っているのは当然だが、コーナーの一番目立つ部分だからこそ、特別なものを据える必要があると感じ、「手で触りたくなる中空の床柱」をイメージし、図面を書いて制作を依頼した。
実際に工場に見学に行った際、銅は焼きを入れると色が濃くなっていき、同時に柔らかくなっていくことや、熱を加えるのを止めると、その時の色と柔らかさを記憶する特性があることを教示いただいた。
つまり今回の制作に関しては、熱を加えないと曲げることができず、一方熱を加えすぎると強度を失ってしまうため、絶妙なさじ加減が求められるとのこと。それでも「できますよ」と快く引き受けて頂いた。
変化する断面を作るための曲げ、熟練された金属への熱入れ、叩き、等々。
さりげないが確かな技術に是非触って頂きたい。
米満光平
現代では、ほとんどすべてといって良いほど、あらゆる建築の下地として用いられる石膏ボード。耐火性能、断熱性能を備えているだけでなく、加工のしやすさや仕上げを選ばず使えることも特徴である。日本で生産が始まったのは、20世紀前半とのこと。建築の大量生産化が進むにつれて、生産効率が求められる仕事が増えていく中、その最前線に立たされたのはおそらくボードを貼る職人たちではないだろうか。
彼らの仕事のスピードには目を見張るものがある。簡単な部屋であれば１日で壁も天井も貼り終えてしまうなんてこともある。しかしそう簡単にいかないのがこの現場。鉄骨が剥き出しになっているため、ボードを貼り伸ばす際に、図面に現れない隙間が無数に出現し、それらすべてをまるでパズルゲームのように埋めていかなければならない。二人一組になり、脚立の上の人間が、切れ端に欲しい部材の寸法をスケッチし、下の人間がそれを受け取って加工し、上の人間に渡す。サイズが合わなければ再度微調整。ひたすらその繰り返しによってパズルが完成していく。そうして一通り張り終えると、完成を見ることなく、また次の現場へと移っていくのだ。
仕上げ作業に比べて華がないためか、ぞんざいに扱われがちな彼らだが、かなり根気のいる作業に違いない。
壁の中にはそういった努力が隠れていることを知っておいてほしい。
米満光平
いよいよ仕上げの左官工事が始まる。
外壁は、向かいの「博多町家ふるさと館」と仕上げを統一するため、見える部分は全て漆喰塗りとしている。
隣地までの隙間がないため、職人さんが器用に腕を折りたたみながら、大人数で仕事にかかる。左官仕上げは途中で塗りやめると継ぎ目が出てしまうため、大面積は一度に大人数でやるのがセオリーだ。遠くから眺めることができないため、全体像が把握できず、もどかしい気持ちはあるが、彼らの腕を信じる他ない。
一方内壁は、猛暑の中、湿度の高い閉め切られた室内で、仕事が行われる。傷がつかぬよう他業種が一切立ち入り禁止の中、サーッサーッと壁に小手が当たる音だけが聞こえる静かな室内は、仕上げ仕事らしく程よい緊張感があった。
米満光平
屋根板金の搬入の様子。
外観を特徴づける町家譲りの勾配の急な屋根は、棟の位置が敷地後方に偏っているため、かなり長い一枚物の屋根板金(もしかしたら敷地と同じくらいの長さ？)が必要になる。設計段階では、そこまで想像が及んでいなかったのだが、いざ搬入となると、その長さは、お隣の敷地、その向かいの道路、そのまた向かいの敷地を全てまたがるような長さであった。大型クレーンで慎重にそれらの頭上を回しながらなんとか搬入することができた。
米満光平
灯明殿本館と同様、スラブコンクリート打設の際に、ステンドグラス巻きの作業を行った。
本館とは機能としても連続していることから同じ仕上げを採用したが、一方で空間が小さいことから、少し大きめのガラスを使用し、研ぎ出された後の粒が目立ちやすくなるように工夫をした。またステンドグラスの仕入れ先が異なっていたことから、本館にはない丸いガラスも仕込むことができた。小さな空間で、特にテーブルを置くような空間は、床に目がいく機会が少ないため、仕上げのクオリティはないがしろにされがちな部分であるが、「ふとペンを落とした拍子に、床の中の丸いガラスに出会ってにっこり」なんてシーンを想像しながら、適材適所に撒いていった。
米満光平
山笠祭りに伴って、周囲の道路が一時封鎖されたため、工事は一時中断。あたりは普段とは異なった緊張感と熱気に包まれた。ふんどし姿の男たちが、野太い声を出しながら、疾走する様に鳥肌が立つ。
写真に写っているような、舁き山が走る際に盛んにかけられる水のことを「勢水(きおいみず)」という。山笠と舁き手を清めるという意味で、「清水(きよいみず)」とも呼ばれ、真夏の山舁きで熱くなった舁き手を冷やす冷却水の役割を果たすと共に、道路を濡らすことで胴金と道路の摩擦を少なくし舁山をスムーズに動かす助けをするそうだ。
現場監理の合間ではあるが、別館にも「清水(きよいみず)」がかかるようにと、カメラを向ける。
米満光平
工場で事前に組み上げられていただけあり、ものの数日で、建築の姿が立ち上がった。
何度も紙面や画面で確認したとしても、それが実体として現れると、思いもよらない発見や、アイデアが生まれる。思えばメディアが変われば表現が変わるのは当然のことである。
建築を作っていくシステム上、そういった制作プロセスが許され難いのは仕方ないが、その中で何ができるかを、必死に食らいついて考えていかなければならない。
建て方工事が大方終了した現段階では、この骨組みが既存であり、少し工事が進めば、また既存が姿を変え、というように、日々刻々と変化する既存に対してリノベーションを施していく様な感覚で設計が進んでいく。最後の最後までデザインが生まれ続けるのが建築設計の面白いところである。
米満光平
杭打ち工事は、建築工事の中でも特別な意味を持っている。
他の建築部材と明らかに異なる点は、施工された後、完全に見えなくなってしまい、その様子を伺うことすらできないことである。いわば完全なブラックボックスの中に建築の根っこは委ねられているのである。
そして今日の技術を持ってしても、その確実性は100％には到達しない。
なぜなら地中深くに存在する支持層を特定するためには、敷地のすべての土を取り払うわけにもいかず、
ボーリング調査によって空けられた小さな穴から、地中の様子を推測するしかないからである。
それはちょうど医者が聴診器で患者の胸やお腹に触れ、簡易的に患者の様子を伺うのに似ている。
完全なブラックボックスの中を伺い知ることができない以上、願いや祈りをこめて見守る他ない。地鎮祭においても「杭打ちの儀」として儀式化されているように、見方によっては神道的な神秘性を秘めているように思える。
かつて海だったこの敷地の支持層は深く、8mの鋼管杭が採用された。先端に取り付けられた羽根を回しながらぐりぐりと静かに埋め込まれる。杭が打たれた後の地面にポッカリと空いた穴からは、地下深くの何千年前に堆積したかも知らぬ地層が、ひさしぶりに呼吸をするかのように、もくもくと湯気が立ち込めていた。
米満光平
灯明殿本館工事が着々と進む中、別館の地鎮祭が行われた。
別館は、その名の通り本館に従属する建築でありながら、敷地は本館と少し距離を隔てており、櫛田神社の参道の顔となる場所に位置する。対面には、明治、大正期の博多の歴史を伝える「博多町家ふるさと館」が構え、その町家造の群造形に呼応するように別館は計画されている。
しかるに本館がなければ別館は存在し得ず、また「博多町家ふるさと館」がなければ造形原理が成立しないといった、周辺に対して常に従となる関係性を持つのがこの建築の特徴である。
それ自体では決して主題にならなくとも、風景にとってはなくてはならない存在となるのがこの建築の目指すところである。
米満光平