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伝統的建造物の保全と活用を学ぶ 其の一
【はじまり -農泊/アルベルゴ・デ・フーゾ】
うきは市内唯一の酒蔵に建つ母屋を宿に、と仕込む一方
(*別物件「うきは酒宿 いそのさわ」を是非ご参照いただきたい.)
同市は「新川田篭地区」のとある空家と良縁があった.
つづら棚田(日本棚田百選)や国指定の重要文化財である平川家住宅等があるこの地域は伝統的建造物群保存地区に定められており,山村の原風景が残り,広がっている.
前述の空家も地区内に建つ「伝統的建造物」となる.
初めて訪れたのは2017年(中に入れたのは2019年).
周囲を森林と川(隈ノ上川)に囲まれた何とも気持ちの良い場所だった.
同市の記す保存計画書には「明治期以前に建築された」と記録されているが,長らく空家になるまで,時代に追従して附置されてきたアルミサッシュやビニルクロス,什器の類,増築されたであろう部分などが散見されると同時に,野太い柱梁や埃被ったカマドなど,いわゆる民家の土着的な面影が所々に同居している不思議な空間だった.
(什器等が丸々残された様は,プライバシーもあり,お見せすることは叶わないが)
この年代混合の建築物を,アルベルゴ・デ・フーゾを目指すところに,今や当たり前に認知される1棟貸しの「古民家宿」へ,酒蔵母屋の「離れ/別邸」としてなんとか手入れしていこうと相成った.
現代の暮らしに実装され得る(様々な機能的な事も含め)側面と,歴史・文化に対する学術的な姿勢を持ち合わせての建築となる.
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伝統的建造物の保全と活用を学ぶ 其の二
【特定物件の修理・修景 -古民家改修とは似て非なるもの】
2019年から本格的に基本計画を構想.
まずは,市の条例,教育委員会が定める保存計画等に目を通す.
保存地区内における建築物等の新築・増築・減築・改築・外観の変更・・<以下割愛>等については,上記の計画を適切に運用し,保全に努めなければならない.
それらについて,およそ100ページの冊子に,保存地区の沿革から特色,方向性に内容,また然るべき手続きなどがまとめられている.
計画を進める上で,まず物理的に必須なのは,地区内物件の特色に適する基準への充分な理解であるが,【敷地】【建築物】【工作物(塀や石垣など)】【環境要素(生垣や樹木,池や井戸など)】【環境整備(広告物や駐車場など)】の5つのくくりに対して,当該の伝統的建造物群の特性維持,また著しく歴史的風致を損なわないことが求められた.
*各市・地域で条例・保存計画書等を参照されたい.
私たちは現代の工業技術・生産技術と相対する手仕事(職人の技能)との両輪をもって建築を再構成し,それに応えようと,左官や大工技術をベースとした【改修】を思案していくが,伝統的建造物における【修理・修景概念】とそれとは,表題の通り似て非なるものであった.
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伝統的建造物の保全と活用を学ぶ 其の三
【特定物件の修理・修景 -似て非なる改修と修理について】
其の二をふまえ,私たちの廃案とその過程について触れておく.
この別邸(*当該物件「うきは酒宿 いそのさわ 別邸」のこと.以下,別邸と表現)の敷地は,周囲の往還道より約2mほど高く位置し,縁に沿って石垣が積まれ,片側には川が流れている.
保存地区において歴史的風致を醸し,構成する要素は,こういった石垣や樹木,庭などの環境的要素,それから塀や門,そして主屋とそれに付属する蔵や小屋といった建造物に至る.
別邸においては,小高い敷地に主屋と小屋が並んで建っていて,小屋はどうやら厩舎だったらしく,すなわち往還道は馬車道となる.
一部の石垣が窪んでいるから,昔はここで馬車が離合していたであろう履歴を追う事ができる.
厩舎は江戸期に建築されたと記録・類推されているだけあり,今にも崩れそうであったが,とりわけ隣接する川からその先の森林がパノラマで望める好立地で,ここは真っ先に改修されるべきと,計画の中心に据えられる事となった.
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伝統的建造物の保全と活用を学ぶ 其の三の二
【特定物件の修理・修景 -廃案厩舎風呂構想1】
其の三に引き続き
前述したような主屋に隣接する小屋の類は,畜舎,農具等の物置として機能する他,厠や風呂が設けられたりするようで,そのような文脈もあってか,宿とするからには必ず必要な浴室へ,江戸時代に建てられたこの厩舎を転生してはどうかと【厩舎風呂】なる構想を立てた.
主屋が食堂や寝室の機能を担って,離れの厩舎が風呂になる,といった具合に.
明治期〜現在にかけて改変している主屋の平面は,日本(特に同地区・地域)の民家に習うような田の字プランへ再構成(戻すように)するのが必然であったから,問題はいかに厩舎を愉しげな風呂とできるかであった.
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厩舎の構造体は既に不陸だらけなので,沿わせ挟むように間柱や笠木を打ち,水平垂直な面をつくったら,半割の竹などで下地を組むことで壁を再構成.
屋内外の仕上は地域に馴染む黄土や漆喰.
外壁の一部は,えつりを表しにした欄干にして,川や森林をより身近なものに.
建具から風呂桶まで全て造作.
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といったように,現代の工業技術を相補する職人技術をもって,物理的な課題の解決,また日本の伝統的な意匠による改修に努め,基本計画を固めた.
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伝統的建造物の保全と活用を学ぶ 其の三の三
【特定物件の修理・修景 -廃案厩舎風呂構想2】
其の二にて記した「似て非なる改修と修理」について,この廃案厩舎風呂構想をもって記録しておく.
早速結論から記すと,既存の伝統的建造物に手を加える事=現状変更となるのだが,「歴史的風致を損なわないもの」という意匠的な表現を掬い上げた計画以前に,建築物をある種,標本的に復元し,保存(全)するような計画が望ましいものであった.
つまり私たちは「現状を旧状(建築当初の意)へ戻していく変更」という修理計画の前提に則って,まずは時系列を整理した空間類推をしておくべきであった.
どういうことか,別邸の縁側を事例にすると
屋外と隔てるように取り付くアルミサッシュと雨戸が,建築当初から伝統的建造物群保存地区(以下,伝建地区)に定められた時点の間に附置されたものと類推され,旧状は屋外にさらされた縁側であったと考えられる事から,上記2つの建具を撤去し,屋外空間としての縁側に変更すること(戻すこと)が「望ましい」計画となる.
では,アルミサッシュを落ち着きある木の格子ガラス戸に変える,では駄目なのかとなると,補助の対象とするかどうかや,防犯上必要だとか,それが審議会で承認されるかどうかなど,限りなく個別解的話を盛り込む事になるので,ここで明言することは出来ない.
(筆者の経験としての記述であることは承知いただきたい)
・旧状(建築当初)
↓
・居住時期(増築等有)
↓
・伝建地区に制定
↓
・現状
↓
・計画(現状変更)
上記の時系列とその時々の空間を類推し,計画は可能な限り旧状に復元する必要があった為,とりわけ厩舎風呂構想などにおいては,技術の新旧だとか,伝統的な意匠を心がけた云々以前に,旧状にない新しい空間計画が多岐に加わる時点で,伝建の修理計画としては認められなかった.
特定物件である別邸において,あまりにも外観の変更部分が多く,上記のような修理・修景概念を置き去りにした設計者の改修・厩舎風呂構想は廃案となった.
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伝統的建造物の保全と活用を学ぶ 其の四
【特定物件の修理・修景 屋外空間と屋内空間 -外観遵守-】
市の教育委員会と打合せながら,良くわかったのは,伝建地区における特定物件の変更において,とりわけ重要なのは,【屋外空間】=目につく部分と,【骨格】(具体的に言えば主構造など,建造物を形づけるもの)が復元,または維持できているかどうかであった.
私たちの計画は,宿として機能するように平面計画の変更と全面的な外観の修理を予定していたので,後者については翌年の補助事業による工事を念頭に,まずは外観に触れず,屋内空間の改修を先行してスタートさせる事となった.
少しイレギュラーな工程と,交渉した部分があったので,その気づきについても記録しておく.
まず,屋内空間においては,主屋や小屋(附属屋)の骨格が維持できていれば,比較的自由な計画ができた.
其の三の二に記したように,平面は田の字プランに戻すのがベースで,過去の謄本面積などと照らし合わせた結果,土間+4間他,縁側が旧状の平面として浮かび上がったが,現状には増築されたであろう下屋庇部分が残されていた.
同地域において,同じような下屋庇(主屋に横から附置するように)による増築は,しばしば見受けられるようだったが,本来変更するのであれば,旧状は無かった部分として解体・減築するのが,これまでの話の通り望ましいだろう.
ただ,このような学術的な所と離れてしまうが,実情は宿として,ある一定のクオリティをもつ浴室や水回りの充実がどうしても必要だったので,目一杯,現状の床面積を残して平面計画をしたかった.その為,事前に教育委員会と協議し,平面的に残したい旨と計画をまとめた概要書を作成して提出.
翌年に当該部分の外観は,周囲と馴染むよう「修景」する事として計画を進めるようにしていただいた.
(*減築して旧状に戻すのであれば,「修理」となっただろう)
では,厩舎はどうするのか.
厩舎には,純粋な屋内空間が存在しない=半屋外空間として全体が捉えられる.
蔵などの屋内外の空間がはっきりしている附属屋とは毛色が異なり,馬をここで飼育していた風景を感ぜられることが,景観を形成しているひとつの要素となるから,無闇矢鱈に壁を建てることなども好ましくない.
例えそれが前面の道から見えずとも,である.
廃案厩舎風呂を構想していた際,前面に広がる川から森林に向けて大きく視線を開く計画としていたが「旧状の外壁部分に開口部があった」という履歴がない限り,こっちの方が絶対に景色を愉しめる,そういう意味で豊かな空間になる,という理屈は通らない.
伝建地区において,外観〜景観形成,そして考古学的?に建築(群)を保存しておくことは,それだけ遵守されるべき事であった.
今,実社会においてどうこうという理屈と,それらが後世に遺される重要性への理解とでバランスをもって,伝建地区での建築には取り組まなければならない.
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伝統的建造物の保全と活用を学ぶ 其の五
【内装工事の完了〜外観の修理へ】
屋内空間先行による修理計画が固まって,内装工事に入れたのは2021年の8月後半.
それから約5ヶ月.
新型コロナウイルス感染症など,変動する世の中に紆余曲折しながら,2022年の1月に先行していた内装工事が完了した.
少し,内装工事の概要について下記に記す.
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蟻害と豪雨被害による木床への侵食が酷く,4間からなる「田」の一角は再生砕石敷とした.
そこを外と見立てたウチニワとし,2方の室と内縁が囲う.
宿の中心として厩舎風呂構想など議論がつきなかった浴室は,既存タイル張の風呂場を改修したものと,玄関土間に据えた細長な内風呂が計画された.
後者は,将来計画として厩舎が何某かの浴室空間となれた場合を考え,内外で繋がるように計画されている.
その他,外の見立てと呼応して,玄関土間の脇からウチニワまで再生砕石が流れていて,そこに向けて小さい欄干と共に障子窓が設けられている.
他にも,北側の一間は意匠研磨(自社施工)によって仕上げた955角程度のステンレス2B張りの銀の畳間(納戸なのだけど)があったりと,平面構成〜仕上げまで変則的な田の字プランが採用された.
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2月に入り,後追いで外観の修理が始まる.
うきは市の「まちなみ設計士会」からの協力を経て,現地を見ながら,外壁の旧状を細かく類推していく.
材の径,色味,ほぞ穴の位置,えつりの剥がれ具合など建築に遺された痕跡から旧状を類推し,まさにどのように修理するか,を検討していく.
内装先行が,外部の修理方法に影響を及ぼしそうな所などもあったが,こればかりは現場に入っての判断になることが多そうである.
4月より,修理計画の確定〜補助事業としての申請,そして修理へと進んでいく.
写真・文/ 西野